脂ぎった唇を
払拭するために、
ことばを書くのなら、
極上の肉を喰らった味も
記憶の底に埋葬することになる。
まだ、 ....
切々になった階段が私を呼ぶ。
たった一粒の錠剤が
彼女の声と記憶を切り刻んでしまう。
切りぎざまれた彼女の声と記憶は、
ビニールテープになって、 ....
なにもしていない。
けれどこの手は何かを求めている。
白昼夢のなかで、
この右手は、
人混みを漁る。
ぶつかった誰かの
心臓に手をのばし ....
あなたのいいたいことはわかる。
何が必要なのかもわかる。
けれど必要なものばかりを探しまわると、
本当に必要なものがみえなくなる。
あなたのいいたいことはわかる。
なにがたのしみな ....
一本の消えた蝋燭を残して、
あの人は消えた。
残ったものは蝋燭と、
色褪せた指輪たち。
あの人は完全に脱け殻になった。
あの人は完全に写真や切手になった。
私は今を探して ....
一枚一枚、
皮膚を削る。
削り落ちた皮膚はことばになり、
わたしというあなたの淵へ落ちていく。
あいすることも
ものを書くということも
すべての始まりは哀しみだ。
....
右をとるか、
左をとるか、
減点で埋めつくされた
スマートフォンは
昇るように階段を降りる。
....
それは、
いつも見えない
激しくもゆるやかな
みなものような
風からはじまる。
それは、
いつもひとつの
....
きこえるものが
みなすいとられていく
みえるものが
みなかすんでいく。
私のなみだを誰も知らない。
ティッシュ箱を並べてみても
素通りされてしまう。
だから私は、
道化 ....
私の目に、
迸る閃光が飛び込んでくる。
その人は、
腕から、
指から、
目から、
髪の毛一本一本にいたるまで
揺るがない何かを放っている。
(触れてはいけない)
....
わたしのなかの、
異質さをみつめる。
わたし自身が異質だから
何が異質なのかわからない。
硝子窓に石をぶつける。
窓に罅がはいる。
わたしのなかの
罅はなにか。
....
かなぐり捨てたいものは、
その背中にはりついた。
私の羽根だ。
羽根は強烈な接着剤で
そ ....
あの日からずっと、
空のゆくえを探している。
鏡のまえで
呪文のように
六文字を唱えただけで
空 ....
誰も言わなかったことがある。
私を食べたいと。
けれどもあの、
煙草で黄ばんだ刃は
少しずつ私の頭に浸透した。
そうして私に似合わな ....
めぐりめぐらされた
想いもいつか星になる。
そんなことはわかっていても、
手をふる指の後れ毛を追いかける。
私をのせた小舟はどんどん ....
目を瞑っていても
追いかけてくる足跡の靴音を
遮るためにドアを閉めても、
靴音が追いかけてくる。
とくとくとくと ....
(孤独を知りたい)
その声のする方へ
足を向けると
ビル街から住宅街に迷い込んだ。
そこでは人々の匂いはあるが、
人の姿はなく、
窓辺から聴こえてくるやかんの音と、
乾きき ....
私の身体のなかに生えた棘が
別の身体を攻める。
けれど、隣り合わない色があるように
せめぎあう棘はない。
だから、時々、
鏡の前で呟くのだ。
私は美しいと。
汚れてヘドロで ....
私は誰もが知っていることを知らない。
私は誰もが知らないことを知っている。
誰にもみえるものが
私には見えない。
誰にもみえないものが
私には見える。
あなたは今、
笑 ....
雨をください
誰かが言う。
血をください
私が言う。
すると、
突然鼻の奥がむず痒くなってきて ....
冷えた世界で
燃え上がる身体が熱い
沸き立つ血に咲く薔薇は
皮膚を突き破って
あなたへの月を探す
握って、にぎって、
悲しみで切りつけたこの腕を
潰して、つぶして、
....
うまれいずるものを
おさえこむちからもなく
うまれいずるものは
しずくとなりわたしの腕から流れ出る。
宿命と名づけた
うまれいずるものは
わたしの耳を支配し
目をからめとっ ....
ビニール袋に
丸く尖ったものを
詰めていく。
手のひらは赤く腫れ上がる。
丸く尖ったものは殖えていくばかり。
急いで袋に詰めていく。
やがて袋に丸いものの先で刺した穴が開く。 ....
かみつくことをくりかえす。
これがわたしの心の生き。
噛み砕くものが増えるたびに、
ささくれだつ感情は
上昇する海水になって目の前を超える。
(怖いのか)
己に問いただ ....
『難破船』 あおい満月
(書きたいなら、食べなさい)
誰かの声に瞬きをすると硝子の壁の向こうに、
肉や魚や、
色とりどりに切り刻まれ、
煮込まれた野菜たち ....
あたしの母親の両脇腹には
あずき色に腫れあがった
おびただしいインスリン注射の痕がある
あたしの母親は重度の糖尿病で
両眼は白内障で目が見えない
向かって右目は
塩焼きにしたあ ....
何かを食べる。
咀嚼する。
ばりばり、
見えない何かは消えていく。
(求めてはいけないよ、自然にかえればいい。)
そう肩を撫でられても、
わたしは雑踏の海を
溺れながら ....
くろい満月が
手のひらに浮かんでいる
あたしの腕はあなだらけだ
あなのうえを歩いている
面接にいくまえに
立ち寄ったスターバックスの
本日の珈琲の黒いあなに
あたしはすいこ ....
刃で
切った左手
痛みが、
手から背中
脳髄に達するまでの
みじかい時間
はじめて、
檸檬の酸っぱさを
知った。
左目がつぶれていく
顔が崩れそうになる味
....
赤いマジックで
なまえを書く
書いても書いても
なまえは「名前」にならない
それどころか
書くほどにぶれて
水面をおよぐ魚の尾になって
ぴしゃり
血をはねる
はねら ....
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