掌編小説『しゃしんの女』 〜下〜/朝原 凪人
れも人を愛するなんてそんなことできはずはないじゃありませんか。すると彼は寂しそうに笑いました。それからこう言ったのです。『ねぇ、僕は解ったんだ。心は、生きるためには必要がなくても、生きていくためには必要なんだと』その言葉を言い終わると彼は突然走り出し、そして、この城の展望室から飛び降りました」
――カチッカチッカチッカチッ――今まで存在しなかった女の声以外の音が、時計が刻を刻む音が、私を覚醒させた。銜えたまま落ちた煙草の灰がズボンを焦がしていた。
「わたくし、いまだにわからないんですの、あの人が最後に遺した言葉の意味が。貴方はお分かりになって?」
女は小首を傾げるようにこちら
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