詩集『十夜録』全篇/春日線香
 
いて
ちりちりと風鈴を鳴らしている
これはどうですか と
差し出された笹の葉には
赤や青で何か書かれており
もうこの目では見えませんね と
暗闇で手探りをするように
それを舟の形にして
すれ違った手に渡せば
誰も知らない空に流れてゆく
流れてゆく姿が
鳥の影が離れる場所に
流れてゆくのですか
流れてゆくのですか と
わたしは立ちつくしている
そのような水辺で





 水のように

菫(すみれ)を踏んで井戸に出て
むこうからこぼれる人を押さえる
押さえた腕が濡れてくると
泣いているんだ と気づく
いくつかの涙の粒が草にかよっていて
昼の庭で
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