詩集『十夜録』全篇/春日線香
 
自分が狂っているのか
家が狂っているのか
わからない




 帰れない

押入れに入れられて
もうずいぶん長くなる
ときどき遊びに来るねずみに
爪をかじらせてやったり
みかんを潰したりしているうちに
骨の浮いた老婆になってしまった
これではいけないと思う
これではいけないと思うので
押入れを出て
近くの池に泳ぎに行く
体を清めるついでに
親戚まわりなどしてみる
ひさしぶりに会う叔父や叔母が
すっかり生きているようではなくて
長い時間が過ぎたのだ
戦争が五つも六つも過ぎたのだ
ということが卒然と理解されて
まことにおそろしくなる
裾をからげて家
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