息切れと深呼吸/中原 那由多
 
夜更け前、救急車のサイレンは
すれ違いざまに記憶の淵を削っていった
虚無感に包まれてしまって
悲しくないのがなんだか悔しい
まずは壊すところからやり直そう


終わった話を詮索するのは
見えないものに触れるようで
自分の立ち位置を分からなくする
いつか抱いた懐疑心は
ちゃんと大切にしまっておこう


削除された言葉たちは
こうなることを理解していたのだろうか
時間の経過が洗い流してくれるなら
もう、喋らなくてもいい
いっそのこと、潔く手ぶらになろう


音を立てることもなく
灰になって飛んでゆくのが
自分らしいことだなと笑い
見失わないうちに背を向けた
声の重さを確かめてから眠りに就こう




信号機の色が変わり
立ち止まる理由はなくなった
冷たくなった栞
夜空にかざして詩集に挟む


「ありがとう」


   グループ"悠希子"
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