批評祭参加作品 ■ 芭蕉庵にて /服部 剛
僕は今、滋賀県・石山寺の境内にある芭蕉庵にいる。
紫式部が「源氏物語」を書いた部屋が本堂の入口に
あったが、そこは観光コースの雰囲気で初詣の参拝
客が絶えず立ち止まるが、本堂から離れた場所にひ
っそりと建つ芭蕉庵に僕は魅かれるものがあり、微
かに開いた襖から忍び足で入り、明かり一つ無い畳
の部屋の机の上で、この旅日記を書いている。
微かに襖を開いた外の日向から、参拝客の賑やかな
話し声は通り過ぎ、砂利道の小石を踏む足音は、遠
い過去から遥かな明日まで近づいては遠のいてゆく、
時を越えて歩む旅人達の足音のように聞こえる。
かつてこの部屋に松尾芭蕉がいたと思うと不思
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