眉のあたりにすずしさの残る少女みたいに/須賀敦子とその「詩集」について/渡邉建志
、天から降ってきた確信のようなもの」を持つほど、詩が好きだった。なのに、のちにヨーロッパの「全人間」的な考え方、「何よりもまず人間、というフランスやイタリアのことばに、さらにこれらの国々の文学にのめりこんで、はては散文を書くことにのめりこんでいった」(『遠い朝の本たち』)。詩=自然=抒情、散文=人間という図式が、あんまりはっきり分からなかったのだけど、いまあなたの「詩」を前にすると、それが、さっき言った、だれに対して話しかけているかということに関係しているようなという気がする。あなたの詩には人間がおらず、ただ、自然と光と神とあなたがいる。そしてあなたは、三十歳のときに詩を書いていた、そしてそれ以降
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