眉のあたりにすずしさの残る少女みたいに/須賀敦子とその「詩集」について/渡邉建志
に(死んでいるから無理なのだが)勝手に私的空間に入ってしまった「申し訳ないという思い」と、「好奇心につられてじろじろ眺め」「覗いていたい気持」に「はさまれて」しまうのは、まったく、あなたがユルスナールに対して抱いた気持ちと、私が死んだあなたの詩集に対して抱く気持ちにおいて、おなじで、あまりにもおなじなのでびっくりしてしまう。そんな気持ちで読むあなたの詩は、のちの素晴らしい散文に現れる、魔術のような、思わず笑ってしまうような多種多彩な比喩は、まだあらわれていない。あの散文作品群では、あなたは友人と親密に話すように書いているように私には思われるのだが、この「詩集」においては、その友人がいない。あなたは
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