海の上のベッド(連作集6)/光冨郁也
 
る。
 女がベッドのわきにいた。動きがとれない。女は長い爪でシーツをつかんでいる。女は手をのばし、わたしの自由のほうの二の腕をなでる。女の手は濡れて冷たい。女は顔を近づける。緑色の瞳がわたしをとらえる。しばらく見つめ合った。キレイだ。海の底、深く透明な色をしている。女は、
 ノックとともにドアが開く。看護師が点滴を片づけに来た。熱をはかるよう体温計をわたされた。体温計を受け取り、脇にはさむ。時間に追われる看護師が退室する。白衣の後ろ姿、閉まるドア。TVの暗い画面に映る、わたしと女。女のほうに首を曲げる。女の肩口から、大きな尾びれがゆっくりと上がる。床に海水が満ちてきて、波打っている。ベッドの周りは海だ。紺色の海。電子体温計が鳴る。空気が冷えてくる。室内に小雪が降り始めた。寒い。女は、体温を求めるように、指をからめてきた。女の髪がわたしの頬にかかる。緑色の瞳。被さる女。唇がふさがれる。震える。静かに、電子体温計が海に落ちた。

 海の上のベッド。もうすぐわたしは、女に海の底へとひきずりこまれる。海の中は思ったよりあたたかい。


   グループ"散文詩「バード連作集1・2・3」"
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