ピラニア/「Y」
小型の水槽を携えて、部屋に入ってくる。
「こちらの水槽に移し変えて移動しますので」
店員の一人が、ピラニアを一瞥してから僕に向かって言う。
「お願いします」と言おうと思ったのに、どういうわけかことばが出ず、僕は無言のまま、その場に立ちつくしていた……。
僕が初めてピラニアを見たのは、去年の五月のことだった。
父と一緒に行った三社祭からの帰り途、僕は右手に数尾の金魚と水の入ったビニール袋をぶら下げていた。エサと金魚鉢を買うために入った駅前の熱帯魚専門店で、不意に、水槽の中で泳ぐピラニアの姿が視界のなかに飛び込んできたのだった。僕は単純に思った。
「綺麗だなあ」と。
水槽
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