何度目かの遺言/蒸発王
ら
庭の桜の木に ね
いつからか
遺言を告げられ続けた桜は
花をつけなくなったという
遺言はもう日課だと
笑う彼女には
昔あったであろう陰りは無く
結い上げた白髪が
少しの憂いを秘めて
上品な白金に輝いていた
夫に先立たれても
なお
この旅館を継いだのは
何より
女将がこの宿を愛していたからだろう
其れを支えた
花をつけない桜の木が
私は
少し羨ましかった
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久しぶりに訪ねると
女将は庭の桜が見渡せる一室で
病床についていた
私が見舞うと
彼女はころころと
花のように
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