何度目かの遺言/蒸発王
 

  庭の桜の木に ね
  



いつからか

遺言を告げられ続けた桜は

花をつけなくなったという


遺言はもう日課だと
笑う彼女には
昔あったであろう陰りは無く
結い上げた白髪が
少しの憂いを秘めて
上品な白金に輝いていた


夫に先立たれても
なお
この旅館を継いだのは
何より
女将がこの宿を愛していたからだろう

其れを支えた
花をつけない桜の木が

私は

少し羨ましかった


****

久しぶりに訪ねると
女将は庭の桜が見渡せる一室で
病床についていた
私が見舞うと
彼女はころころと
花のように
[次のページ]
戻る   Point(10)