湯殿の龍/蒸発王
たが
もっと近くで
あの刺青が見たかった
背中を洗いながら
近くで見ると
緑の刺青は恐ろしく細かく
丁寧に
鱗の一つ一つが彫られていて
青い線で縁取りされていた
爺さんは背中越しに
この背中の生き物は
龍なのだと教えてくれた
彫り師で絵描きでもあった爺さんは
離れ離れになる3人の仲間と共同で
この銭湯の壁画を描き
そして
4人が並んだら龍になるような墨を
お互いに背中に刻んだらしい
皆
死んでしまった
尻尾の自分だけが
残った
あの頃を知るのは
背中の尻尾と
そこに居る大きな龍だけだ
[次のページ]
戻る 編 削 Point(8)