アンソニーの忘れもの/竜一郎
 
 アンソニーは彼の娘が物心つくまえに亡くなってしまった。奥さんのエリザベトさんは、悲嘆に暮れながらも、娘の前では気丈に振る舞っていた。
 ぼくは、酒場「ウ・カリハ」で紹興酒を呑みながら、エリザベトさんの話を聞いていた。「うちのパパは」パパという度に、彼女は悲しそうな表情になる。「ジャン・コクトーの絵が好きでした。彼のような画家になりたい、というよりも、彼が観ていた世界をぼくも観たいといってアトリエに、あ、アトリエといっても、小さな書斎ですけど、そこに篭もって絵を書いていたんです。」

 アンソニーのことを知っている人は少ない。彼は自分の作品を芸術とは呼ばなかった。「芸術とは、天使を観ることが
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