早朝の朱鷺/よーかん
 
不忍池で坊主頭の老女が
毎朝かかさず平泳ぎをしている

白い八重歯に赤い糸を結びつけ
ゴーグルも付けずに潜水をする姿は
上野界隈では知る人ぞ知る隠れた名物で

池が見渡せる鰻屋の女将に聞くところによると
それは、ここ十数年つづいていて
数年前の大寒波の冬でさえも
厚く張った氷を金槌で割りながら
同じコースを平泳ぎしていたのだそうだ

テレビ局や出版社がその姿を見逃すはずなく
ある時期、連日、取材が殺到したそうだが
女将によると、何かの圧力でもかかったのか
人目につく形での報道は一度もされていないらしい

インターネットのこの時代
都会の泥池で毎朝平泳ぎをする
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