早朝の朱鷺/よーかん
 

坊主頭の老女が世間を騒がせない事実に
都市伝説的な不気味さをも感じてしまう

女将によると
彼女は毎朝日の出15分前頃
黄緑色のエスカルゴを鰻屋の前に路駐し
車内でジャージを脱いで
水着のまま不忍池に向かうのだそうだ

女将は老婆のことをトキさんと呼んでいた

トキは名前ではなく女将がつけたあだ名で
天然記念物の朱鷺から由来しているのだそうだ

ヒトには聞かれたくない過去があるものです
見守っている方々がおられるご様子ですし
アタクシからはこれ以上何も
申し上げることは出来ません

トキさんのことを話し終えると
女将は澄んだ視線を池の向こうのビルに向け
小鼻をかすかに膨らませながら
何度かユックリと瞬きをした

八重歯に結んだ赤い糸について
何か知っていることはないかと
形だけは遠慮がちに聞いた私に
女将はため息をついてこうつぶやいた

あなたはオンナゴコロがまるで解っていない










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