忘却についての、ささやかな省察 (1)/竜一郎
知っていた。
その四年後、クレメンティスは反逆罪で告発され、絞首刑にされた。情宣部はただちに彼を〈歴史〉から、そして当然、あらゆる写真から抹殺してしまった。それ以来、ゴットワルトはひとりでバルコニーにいる。クレメンティスがいたところには、宮殿の空虚な壁しかない。クレメンティスのものとして残っているのはただ、ゴットワルトの頭のうえに戴っかった、毛皮のトック帽だけになってしまった。」
当時に生きていた人々の記憶には、周囲にいたクレメンティスたちの姿は、想像の中であっても存在している。しかし、消去されるまえの写真を知らないものは、情宣部が手を加えた方を真実だと認識するだろう。これもまた、忘却
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