サクランボ/EnoGu
 
渡すとそそくさと店をたたんで身重の妻と息子の家族三人木造平屋建てごと大きな白い虎になって川下へゆっくりと流れていった、きみはひとふさのサクランボを柄のはしでつまんで持って川岸のコンクリートの塀のうえをでたらめなハミングでねえあなた素敵だわ空のひび割れるおとがしてよって笑いながらかろやかにワルツしてまわった、空なんてすべからくすでにもうこなごなにくだけ散ってしまったのをぼくは知っていたしその黒い羽根の幾片をすらもっていた、おとなんてなにひとつなかった、みんな向こう岸のあの赤い観覧車にのって宇宙のそとがわへ飛んでいってしまったのだから、あなたの白い指の先の氷のように美しいサクランボをあなたはそうやって
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