鏡を割りたくなるわけ/佐々宝砂
私イコール作者だと信じる純朴な読者は、読むな。
夫のいびきが隣の寝室から聞こえる
ここは私の部屋で ここにあるのは私の取り分
大きな書棚 たくさんの本 オカリナ ちゃちな顕微鏡
黒曜石のかけら パソコン 三葉虫とアンモナイトの化石
星空の模様の時計 ムックリ エジプトの香水瓶
CD 星座早見 ステゴサウルスのミニチュア骨格標本
机の上の熱いブラック・コーヒー
化粧水 乳液 口紅 白粉 そして鏡がひとつ
かつて私が鏡を持っていなかったころ
私は汚くて狭い部屋とささやかな蔵書と
未分化なセックスと対象のない欲望と
詩以前の言葉を連ねた
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