咲子?/たま
 
諸々の神を伝承する民俗学に、興味のあるひとだったにちがいない。そうなれば海を渉った漢字が、鬱蒼と生い茂った原生林の苔むした渓谷に架けられた丸木橋の上で、日本の神と出逢って、訓読みを与えられたとしてもふしぎではないし、咲子のいうおしべとめしべの発想も案外とわるくはないとおもった。
 しかし、わたしにとっての問題は、そんな咲子とことばを交わし、飲食をともにすることで、わたしの未来が芽生え、家族が生まれ、その家族を守る森や林を、わたしの手で育てるということだった。もちろん、それはまだたしかなことではないが、わたしはそうあってほしいと願っていたし、青緑色した皮膚を持つ漢和辞典が神であるとしたら、それを手
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