鯨の音/森 真察人
鳥の這入ったところの少女の肩口は瞬間はっきりと黒ずみ、海鳥が見えなくなる頃にはその滲みはぼやぼやと消えてゆくのだった。痛くないの、と僕が尋ねたり、冗談を言いながら僕が少女の髪を梳いたりすることもあったが、少女は喋らなかった。
他の鯨とその背の上のひとと海上ですれ違うことがあった。数える程度しかそのようなことはなかったが、きまって一頭の鯨につきその背に乗ったひとの数は二人、性別は男女が多かったが、そうでない場合もあった。生き残りのひとに出会えることは少ないから、そのようなとき僕は彼らに大きな声で話しかける。彼らもこちらに気づいて声を発するのだが、その声は誰の場合でも、いつも何とも言えない奇妙な仕方
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