四千七百四十五日/ただのみきや
 
それはいままで経験したことのない現象だった
男は目を凝らしたり利き目を片手で隠したり
両手の指先で頭をツボを刺激してみたりもしたが
ふと こうして遺書を書いていることもすべて
影に引き回されていたにすぎないと気づいてしまう



朝目覚め からだを起こしベッドに腰かけると
床に下した足に冷たい波が絡んで指の間を真砂がすり抜けた
窓の方を向くと途端に窓枠は視界の外へ逃げ出して
穏やかな海が広がっていた
頭と天井の間にはどこまでも高く晴れ渡った空
一羽のかもめが横滑りに滑空していった
一冊の本が開かれまま波に運ばれて枕元に打ち寄せられる
その上にはトーストとコーヒー

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