もうすぐ百の猿になる。/田中宏輔
自身と一致していないときに限って不安をもつのだ。
(ヘッセ『デーミアン』第八章、吉田正巳訳)
あるとき、ふと、自分の声のなかに、自分ではないものの声がまじっていることに気づくという、ぼくと同じ体験をしたひとは、あまり多くいないようだ。林を含む友人たちに訊いてみたが、だれも、そのような経験をしたものはいなかった。しかし、たとえば、巫女が声色を使って、神託や口寄せをすることはよく知られている。ただし、この場合、声が混じるというよりは、まったく別の人間の声になっているといった方がよいかもしれない。いずれにしても、神託や口寄せをする巫女の声に、ぼくたちが、畏怖の念を抱きつつも耳を傾けるのはその声
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