鏡像 【改訂】/リリー
室の片壁を埋める高い二台のロッカーから、私は分厚くなって
いるB5ファイルを数冊抜き出しドカッとデスクへ置く。机上に積み重ねる措
置台帳の『寮母日誌』へボールペン走らせていた五十代の先輩が、その手を
止めて私に話す。
「あだっちゃんなぁ……分からんやろけど。二階、ドロドロやで」
「ドロドロなんですかっ?」
見開く目に声も大きくなると
「そうや。あんた、まだ知らんでいい世界や」
先輩の真顔は、それ以上を語ってくれない。
私など若手職員は、介護業務に明け暮れる。そして四十代以上のベテラン
が、自立した入居者の一般棟でメンタル面も含めた生活援助へ携わるのだ。
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