陽の埋葬/田中宏輔
ように、耳も聞こえるものすべてを聞いているわけではないということだ。そういえば、死んだ詩人は、こんな実験をしたことがあると言っていた。河川敷のベンチの端に横向きに坐って、目をつむり、藪のなかで鳴く虫の声と、川を流れる水の音のほうに、左右の耳を傾けて、片方ずつ、聞こえる音に意識を集中させてみたらしい。すると、虫の鳴く声に意識を集中すると、虫の声がだんだん大きくなってゆき、それにつれて、流れる水の音が徐々に小さくなり、さらに虫の鳴く声に意識を集中させると、流れる水の音はほとんど聞こえなくなってしまったという。反対に、川を流れる水の音に意識を集中させると、水の流れる音がだんだん大きくなり、それにつれて、
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