陽の埋葬/田中宏輔
 
など何一つないのだが……。この男の表情を読みとることは、嗅覚者にもたやすいことではなかった。当の詩人は、嗅覚者の視線を感じてはいたが、自分に顔を向けている嗅覚者のほうには振り向かず、嗅覚者の顔を思い浮かべながら自分の精神を集中させた。嗅覚者の瞳孔が瞬時に花咲くように開いた。詩人は、嗅覚者の見ている映像を、自分と嗅覚者のあいだに浮かべた。洞窟のなかに横たわった詩人が身を起こそうとしている場面であった。詩人は、なおもいぶかしげに自分の顔を見つめようとする嗅覚者の瞳孔を、瞬時に花しぼませるように縮めた。嗅覚者は、ふたまばたきほどした。嗅覚者の目には、死者がまとうような白い着物を着た詩人が洞窟のなかで起き
[次のページ]
戻る   Point(6)