帰る (散文詩にしてみました 4)/AB(なかほど)
月を愛でたことに由来する、らし
い。その屋敷の鬱蒼とした木立の合間から見
える月よりも、その葉々に当たる雨音の方が
「よっぽどいいよ」と言ったのは幼い頃から
その旅館前を通学路にしていた君の言葉だっ
た。田舎から進学のため上京した僕にはその
あかぬけた標準語に、浅い嫉妬のようなもの
もあったが、もうそんな言葉も聞く事はない
のだろうと思いながら千鳥町の駅で降りた。
いつもの旅館で素泊まりを頼むが、いつもと
違って、テレビも点けずに窓を少し開ける。
自転車の音、子供の帰る声、シャッターを閉
める音、客の出入りを検知するチャイム、葉
ずれの音、踏み切りの音、雨の音はまだ聞こ
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