ベルゼバブ。/田中宏輔
 

 いえいえ、もちろん、このお歌ばかりではございません。斎藤茂吉のお名前でおつくりになられた、どのお歌も、まことにすばらしいものでございます。仮のお宿のひとつになさっておられる、この気狂い病院で、ベルゼバブさまは、ほんに、たんとの、すばらしいお歌をおつくりになられました。


狂人に親しみてより幾年(いくとせ)か人見んは憂き夏さりにけり(『あらたま』)

みやこべにおきて来(きた)りし受持の狂者おもへば心いそぐも(『あらたま』)

きちがひの遊歩(いうほ)がへりのむらがりのひとり掌(て)を合す水に向きつつ(『あらたま』)

ダアリヤは黒し笑ひて去りゆける
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