詩の日めくり 二〇一五年四月一日─三十一日/田中宏輔
 
のに、さいごの2ページがヴァージニア・ウルフの述懐のようなものになっているからである。2度読んでも理解できない。こう解釈すればいいのだろうか。ヴァージニア・ウルフが、自分のつくろうとしている作品の登場人物の家に訪ねに行く話を書いていて、途中で、自分をその作品の登場人物だと思って、その登場人物から見た自分自身を書いていて、自分がその登場人物の家から帰ったあと、そのつづきを書くのをやめて、自分がその文章を書いたあとに、ただ思いついたことを、書いているのだと。そうでも解釈しないと、ちんぷんかんぷんである。新人の作家がこんなものを書いてきたら、たぶん、ふつうの編集者は突き返すだろうと思うけれど。ぼくなら返
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