無の世界/卯左飛四
姿は、静かにくつろいでいた
深い呼吸で広い胸はそれと気付かせないくらい上下して
私は大きな声で彼の名を呼んでみたが
呼んだつもりで、声は出ていなかった
発したはずの呼びかけも、ことばになってはいなかった
それでも彼を呼ばずにおれなくて、力の限り叫び続けたが
叫びはむなしく木霊となって、いつまでも反響していた
私の心の中だけで
どれくらい経っただろう
突然彼がこちらを向いた
彼の目はかっちりと私の視線を捉えた
と思った
刹那
窓のカーテンは閉じられた
それはたぶん、瞬きを一回するよりも
一億光年分の一秒よりも速く
彼の手は動いたのだ
私との間にカーテンを
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