チューしてあげる/島中 充
事を自分の名で言うのは、馬鹿の証拠だと、ぼくは心の中でひそかに思っていた。
ただ、ケイコは僕の苦手な音楽が得意だった。キーキー声で『はるかな尾瀬とおい空』と歌い先生にほめられた。歌い終わるとツーと鼻水を垂らしたりして、みんなから喝さいを浴びた。音楽の時間はジャーン ジャーン ジャーンと先生がオルガンを弾いて始まるのだが、ぼくは何のことだかわからない。これはドミソ、ジャーン、これはドファラ、ジャーン、これはシレソ、ジャーン。これは何ですかジャーンと弾くのだが、ぼくはなんのことだか分からない。みんな同じ音だ。ぼくは何をやっているのか分からない。和音だと言う。ケイコはそれはドミソ、それはドファラとみ
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