チューしてあげる/島中 充
だにケイコへのぼくの優位をたもっておきたかった。それはあの松の木から呼びかけられた時、口笛を吹いて、知らないふりに通り過ぎた無視の仕方に似ていた。
ぼくは一心に黒板を見ていた。何も頭に入らないのに、ただ一心に黒板だけをにらんでいた。黒板に書くチョークのあたる音がコツコツと聞こえ始めた。棒ぞうきんの柄でケイコが叩いた床の音のように思われた。横目にうかがうと、ケイコはいつもより背筋を伸ばしていた。真っ直ぐに黒板を見て、幾らか緊張しているようだった。棒ぞうきんを金棒のように持って立った仁王の姿が、今は机に、肩をいからして威厳をもって座る裁判官になっていた。そして、ぼくは、ちらちら判決をまって、上目使
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