陽子のベクトルは太郎を指向するのか/草野大悟2
 
初めての本格的登山ということになる。
 頂上に立って四方を見渡していた陽子は、夏の光をいっぱいに浴びて、風に吹かれている。
「ここがいいわ」
「は?」
「ううん、何でもない」
 頂上からの眺めを満喫した二人が、少し下った所にある月見小屋に着いたのは午後四時四○分。夕食は、陽子のバースディ前祝いということで、太郎がN大山岳部に代々伝わるあの幻の『Nちゃん』を作ることになっていた。
 太郎には意外とこまめな所があり、昨日『Nちゃん』の材料を仕入れ、下ごしらえまでしていたのだった。『Nちゃん』は、その名前通りN大学のNを形取った、いわく言い難しの鍋料理めいた物で、これほど好き嫌いがはっきり分
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