詩の試みー知りすぎている貧しさの中で mixi日記より 2010.12.9/前田ふむふむ
 
です。この非情とも思える言葉には、若い詩人の苦労がわかるような気がします。

僕は、よく書きますが、萩原朔太郎の詩が好きです。朔太郎が口語詩を書いたとき、
メタファーの持ち駒は、ほとんど何もなかったと言われています。
仕方なく、音楽に、つまり音韻にその方法論を求めていましたが、
しかし、朔太郎は、当時の一義的な閉ざされた社会の、広大な肉体を持っていたと思うのです、
だから、いくらでも違反する場所はあり、いくらでも違反することができた、と言えると思います。

現在の、
僕たちは、無垢な肉体など、どこにもないと思っても良いと言えるでしょう。
僕たちは、多分初めて、人
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