街について/Debby
 
嫌いじゃない。もうずっと昔、君たちは子どもだったから、今日は船出の日になってしまった。雨降りの気配は、手を伸ばせば届きそうなところにあった。僕たちは赤身肉をかみしめるボクサーみたいな顔をしていた。中身のない約束と、崩れ落ちそうに積み上げられた空手形を、まるで切実なことみたいに分かち合っていた。ポケットに詰め込めるだけ詰め込んで、いつか忘れてしまうんだ。そう遠くない未来について。忘れてしまうんだ。

 蝋燭の灯りで花を育てる人が、君の故郷にはいる。彼女はもうずっと、それを繰り返して生きている。それは君の母親だ。窓のないアパートで、彼女は琺瑯の手鍋で湯を沸かして、電気湯沸かし器の機嫌をとりながら生
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