白紙の日記/御飯できた代
 
だから、だからお前は気にしなくていい」
「ええ、気にしないわ。兄さん」
 汗だくの芳郎をせせら笑うように、八重子は涼しい顔をして言う。それは絵画のように均整のとれた光景だった。
 「それでいい。それでいいんだ。
 でも、聞いてくれ。僕は、お前が知らない世界を渡り歩いている。それは、勢田史郎という男の家だったり、吉川商事という僕が勤めている会社だったり、高坂真菜という僕の恋人だったりする。彼らといる時間は、とても楽しかったり、いらだったり、泣きたくなったり、愛おしかったりする。彼らは、僕だ。彼らといた時間が――、記憶が、僕自身なんだ。わかるかい、八重子」
「まったくわからないわ。兄さん」
[次のページ]
戻る   Point(1)