白紙の日記/御飯できた代
だから、だからお前は気にしなくていい」
「ええ、気にしないわ。兄さん」
汗だくの芳郎をせせら笑うように、八重子は涼しい顔をして言う。それは絵画のように均整のとれた光景だった。
「それでいい。それでいいんだ。
でも、聞いてくれ。僕は、お前が知らない世界を渡り歩いている。それは、勢田史郎という男の家だったり、吉川商事という僕が勤めている会社だったり、高坂真菜という僕の恋人だったりする。彼らといる時間は、とても楽しかったり、いらだったり、泣きたくなったり、愛おしかったりする。彼らは、僕だ。彼らといた時間が――、記憶が、僕自身なんだ。わかるかい、八重子」
「まったくわからないわ。兄さん」
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