修羅街の人/チャオ
 
りだ。十人十色だとは言うが、住人三色くらいに見えてくる。
僕は、中也のように純粋じゃない。だから、それはそれとしてよしとする。だけど、さすがに嫌気がさすときがある。本に書かれた言葉たちは、言葉のない声を発しはしない。さすがに、苛立ちを抑えることが出来ない。すぐに、名誉につながること、お金につながるものだけが売れていく。もちろんいい本だって売れる。でも、いい本も、偉い人が進めないと売れない。売れてからじゃないと売れない。本の中にひっそりとしまわれた感情を、自分の手で解き放とうとはしない。なぜだか悔しい。言葉を書く側だから?そうかもしれない。でも、そうでないかもしれない。

いつだって、感情論は
[次のページ]
戻る   Point(4)