岩田宏詩集 現代詩文庫を読む/葉leaf
ものとして現れます。詩というものはそのようなサディズムによって書かれるために、対象を分析できず、対象の荒々しい存在の現場において対象の不透明さの前で屈服するのです。
だから、詩は必然的に様々な態度を留保しなければならない。例えば結論付けること。評論や論文は結論付けることに意味があります。そのことによって、対象に理解の筋道を与え、対象を透明にします。また、例えば結末をつけること。小説や戯曲はたいてい明確な結末があります。それは物語の終了であり、そこまでに語られてきたことについて一応の決着を与えるものです。ところが、詩には結論も結末もない。理解の筋道が明確に与えられることもなければ、語られた内容に
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