SAD BAR/HAL
眼だ
その眼は一見の客には特に厳しく向けられる
一瞥で嫌な客にはうちは会員制なのでと
北新地の高級クラブでしか遣わない理由を
いけしゃあしゃあと大きく威圧的な声で言う
オーディションを通らなかった一見は
扉を少し不機嫌な力で締める
ターンテーブルに乗っているLPは
トニー・ベネット・シングス・バーリンに替わっている
還暦を越えたばかりの録音のはずだけど
歌いすぎない男でしか歌えないシミとシワを感じる
測り知れない辛酸を隠した男ならではの稀な歌声が流れる
いつしか馴染みの客がふえている
僕はそれぞれの客にグラスを掲げ挨拶をする
その馴染みの客のなかにあ
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