さよならパリ??高塚謙太郎とボードレール/葉leaf
いう概念に典型的に結びつくイメージが列挙されていた。それに対して、高塚の詩においては「顔の巣」の概念と「弔鐘」「唇」は関係性が極めて希薄である。つまり、列挙によって作り出される不連続性の程度が大きい。
また、高塚の詩においては比喩による和音の作り方も異なる。「母の仕組み」とあるが、通常母について仕組みが語られることはない。母とは子を産み育てる人間であり、仕組みとは機械的な物の成り立ちである。「母の仕組み」という連結においては、「母」と「母の機械的・構造的側面」が重なり合い、「機械的・構造的側面」が読み手に意識されることによりこの連結が媒介されている。つまり、通常は連結されない「母」と「仕組み」
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