さよならパリ??高塚謙太郎とボードレール/葉leaf
 
たメロディーと、(2)それらのイメージを比喩で別のイメージと重ねることにより形成される和音、このような構造により説明される。

顔の巣の中で、弔鐘は鳴りやみ、列車の過ぎた唇となり、窺う、時折浮いては沈む母の仕組み。
               (『さよならニッポン』「美しすぎて」)

 それに対して、高塚の詩においては不連続性の作り方が多少異なる。確かに列挙や比喩による不連続性はある。「顔の巣」の中で「弔鐘」や「唇」が列挙されているが、列挙されているものの間の関係が希薄なのである。ボードレールにおいては、列挙されているものは港にあってしかるべきものという括りに収まっていた。「港」という
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