自分のためだけの、非常に個人的な理由による詩批評/KETIPA
 
ってこない。(目指す所が違うでしょうので当たり前かもしれませんが)音列の持つ力が生かされずに、情景の説明となっているので、これでは小説を読むように咀嚼するしか無い。最終文でせっかく音を題材に扱っているなら、「寂しさの単位が、切り替わる音」を、そのまま説明せずに文字の隙間からしみ出させて欲しい。表現したかった世界観を表すのに必要十分な文字しかないので、「えっ?」という感覚が起きない。説明しきれない非常に直感的な、電気信号のような刺激が生じていない。

だから全体として非常に基本的で、枠を外そうとするその方法も平均的な、優等生的な詩と感じます。とりあえず音の感覚がどうもおれと違う方のようですので(
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