しおまち/亜樹
 
ろうと言ったことを少し後悔した。なるほど、例え村が二三沈むほど大きな水溜りができたとしても、これほどの重々しさは生まれまい。水溜りの水は所詮雨水だが、海の水はそうではない。あれは水ではない。水の振りをした、何か得体の知れない生き物だ。少なくとも、余之介にはそう思えた。
 大きく息を吸い込むと、生臭い潮の香が鼻腔を塞ぐ。嗅ぎすぎると気分が悪くなるのはいつも嗅いでいる薬の臭いと同じだと、軽い近親感を覚える。
 余之介は山中の生まれだ。生まれてこの方海など見たことが無い。
 余之介の実家は村の庄屋だった。生村では米のほかに大黄や胡麻の栽培も盛んで、いつも収穫の時期になると、あのなんとも言い難い薬草
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