ゆく/山人
 
かれていた。一歩踏み出すと、別の世界へ踏み込んだような取り返しのつかない感覚に襲われた。私はここを最後の場所として登るのである。
 今まで多くの山登りをしてきた私は、幾度も死への恐れを感じたことがあった。その都度生を味わい、安堵したものだった。
 幾度となく小さな罪を繰り返し、そしてかけがえのないものを無くしてしまった。私が私自身の存在を受け止めることは許されるべきことではない。泥臭く生きることも可能であり、それが逆に美しいとする考えもあるだろう、しかし、十分すぎるほど泥臭く私は生きた。死んでいく時だけは美しく死んでいきたい。
 死を暗示させるような文面も何も残していない。そういうものを残す
[次のページ]
戻る   Point(0)