ゆく/山人
 
残すことは死への恐怖を訴えがたいためのものなのではないか。確かに死は怖い、幾度も危険な目に合い、死の恐怖を感じ、あの世の使者の舌なめずりを見たこともあった。死は怖いが、私がどのように死に往くのか、そして私の魂はどこに行くのか、それを確かめたい気持ちがあった。それが完結である、そう思いたかった。生を享けた時の記憶がない、だから、生が終わる時は明らかにそれを自覚したい、そう思った。
 
 晩秋の気配が漂う山道は、多くの彩られた葉が散乱していた。すでに午後の日差しが差しこみ、夫婦連れの登山者に遭った。夫婦と言えども仲が良いとは限らない、だが、夫婦で登るからにはそこに愛があるのは当然だろう、そういう普
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