生きる/攝津正
 
、攝津は生きる事が出来る。攝津は穏健だった。羊か犬のように。豚だが。日常生活に自足し、その生活を保守しようとする心性は、生活保守主義として左翼の批判の的とされてきたものだが、攝津は今自分が生活保守主義の只中に居るのを感じていた。自分が生きるだけで精一杯である。他者を顧慮する余裕が無い。勿論自分より辛い生活をしていながら運動に挺身している人達が多数居るのは承知している。だが、自分には出来ぬと思う。自己犠牲は出来ぬと思う。攝津は快楽計算を旨とする功利主義者だった。快楽主義者と言い換えても良いがその割には攝津の生活には快楽よりも苦痛が多過ぎた。攝津には生きるのは辛い難しい大変な事に思えて仕方無かった。自
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