労働/攝津正
を負った。しかし!である。攝津は、折れた肩をそのままにしてMUTOに直行し、約十万円も散財したのである。何故そんなことをしたのか、攝津自身にも分からぬ。ビョーキだったのだとしか説明の仕様がない。
労災で得たお金や、日雇い派遣の会社と労働組合を通じて交渉して手に入れた和解金などは全て、借金返済に消えた。それでも攝津の借金は膨大に残っていた。困り果てた攝津が組合の仲間に相談して紹介して貰ったのが、今通っている会社である。
その組合の仲間は、ニート支援のNPOにも参加していたが、会社は、ニート自立支援という名目で労働者を集めてもいたのである。だから敷居は低かった。攝津自身、ニートと言えないことも
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