十月×日/岡村明子
 
倦んでいた
人ごみを避けると風が冷たかった
空の色が変わろうとしていた
古本屋でたまたま買った
サガンの「悲しみよ こんにちは」を
喫茶店で一気に読み終えたあと
いたたまれなくなって
ひたすら歩いた
神保町から
有楽町

駅前の大きな展示ホールで
「人体展」をやっていた
ヒトの標本が
晒されていた

皮膚も
血管も
筋肉も
神経も
臓器も
骨格も

この人々は生前
ここまで何もかもあけっぴろげに
他人にさらけだすことはなかったろう
しなびた男性器の断面
せめてまっすぐにしてあげればよかったのに

脳のひだに小さく紙が折りたたんであって

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