満月/にゃんしー
 
けると、中村さんがこちらに気づいて近づいてきた。

「財布。」

中村さんはそう言って、僕が落とした財布を差し出した。
僕が受け取ると中村さんはすぐに振り向き、
いつもと同じようにレジに座って小説を開いた。

僕は聞いた。

「何、読んでるんですか。」

中村さんは答えた。

「三島由紀夫の潮騒。」

数秒の沈黙の後、中村さんはまた小説に目を落とし、続きを読み始めた。
僕はゆっくり引き戸を開けると、確かめるように自転車に乗り、
全力で漕ぎ出した。

高まる心臓を押さえ切れなかった。
中村さんに聞いた!
三島由紀夫の潮騒!三島由紀夫の潮騒!
中村さんと、
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