ある戦争体験者と話をしながら/北村 守通
 
いるしかない、というその一線まで追い込まれている、という事情もあるのだろう。それが何から来るものなのかは私は知る術を持たないし、知りえたところで何かをするというわけでもない。

 奪い去ることはたやすい。多少、良心と呼ばれるものとのいざこざは発声するかもしれないが、それに抵抗するに充分な快楽というか魔力の様な魅力が秘められている。私達が生きる、とは当たり前であるが、基本的に他の生命を奪うことから成立してきており、他者を奪うということの快楽性はそこから端を発しているのかもしれない。特に、直接生命活動を断ち処理する過程を経ると(例えばそれは菜園から収穫したり、川虫を獲って食したり、魚を釣り捌いたり
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