経過のまとめ、レヴィナスの責任論−「存在の彼方へ」を読んでみる14/もぐもぐ
 
性」の内容としてレヴィナスが述べている「自己」は、「身体=感覚(五感)」としての私「自身」のことではないか、という憶測を述べた。
前者では、私=他者であるような「受動態」として、レヴィナスの言う「自己(se)」を理解してみた。

「自己」についての私の解釈の方が若干ぶれているので、本文を読み進めるうちに統一したい。なお、後者で指摘した「場所」という考え方は、レヴィナスの「近さ」や「隔時性」という概念を理解する上で、かなり重要なものになるのではないかと予想している(レヴィナスの持ち出すこれらの概念は、通常の遠近法的、幾何学的空間からは逃れるようななにものかを指示しているからである)。


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